2006年10月10日 (火)

トウモロコシの国

Misaki14 テオティアカンの近くに観光客が立ち寄るレストランがある。昼時になると観光バスがどどっと入ってくる。まるでテオティアカン専属のレストランみたいだ。セニョリータの情熱的な瞳に誘われて中に入ると、陽気なマリアッチがメキシカンムード満点の音楽で歓迎してくれる。マリアッチの音楽はなぜか心うきうきする。音楽に民族の魂が込められているのは万国共通、どこも同じ。例えば、大地の匂いと哀愁をおびたロシアの歌、アルプスの空のように澄みきったスイスのヨーデル、つい身体が動いてしまうブラジルのサンバ、音楽と民族性には共通点があるようだ。日本は「さくらさくら」だろうか。

P1010377 レストランの奥にすすむと、色とりどりのメキシカン料理が並んでいる。豆料理からタコスまで心うきうきする光景だ。店内にはぷーンとこ香ばしいトウモロコシの匂いがただよう。トロピカルドリンクも見たこともないような原色のジュースがいっぱい。何のフルーツだろうか。サボテンステーキに豆スープ。さあ、どれにしようかと目移りする。大好きな豆料理を中心にお皿いっぱいに大盛りする。ふー、美味い!

満腹のおなかをさすりながら外にでると観光客が1頭のロバに群がっている。よく見ると
日本のテレビにも出演したことのある有名な「ビールを飲むロバ」だ。美味しそうに観光客が差し出すビールをぐびぐびと飲んでいたが、足がふらつき、少々アル中気味のようである。仕事とはいえ可哀想に!

Koharu050915_06 メキシコの主食はトウモロコシ。紀元前から食べ続けているトウモロコシはメキシコ文化そのものといっても過言ではない。メキシコ料理は4000種類、そのほとんどが古代インディオから受け継いできたもの。チレという香辛料が入っているので一般的には辛い。主食は
トウモロコシの粉を平たくのばして焼いたトルティーヤ。メキシコ版クレープだ。これに、豆、肉、野菜など好みの具を入れサルサソースをかけて食べる。一度食べたら病みつきになる美味さだ。

Cook0003_1 タコスといえばいまや世界のファーストフード、メキシコB級グルメといわれる屋台タコスは街のいたるところでみられる庶民の味だ。タコスのない生活なんてメキシコでは考えられないだろう。私もアメリカ留学時代は学生食堂でよく食べた。

5_17 国境の町ティファナへいくと、ロサンゼルスからの日本人観光客がいっぱいくる。お目当ては皮製品とタコス通り。いろんな調理タコス(好きな具を選んでトルティーヤに包んで食べる)の屋台が目白押し。タコス好きにはたまらない場所だ。チリビーンズ(チリ風味の煮込み豆)、ドリトス(豆をトルティーヤで包んだもの)、カルニータ(豚のあらゆる部位を脂で煮込んだ濃厚な料理)。まだまだ数え切れないほどの具が地方色豊かにある。

遠いどこかで血のつながりを感じるメキシコ人、何でも巻いて食べるメキシコ人、トウモロコシという一つの食材にこだわるメキシコ人、食の文化がこれほど単一の食材に象徴される国もめずらしいのではないか。またメキシコへ行きたい。テキーラで一杯やりながら、エスニックなトウモロコシ文化の真髄を堪能したいものだ。

さて、今日の実践旅行英会話は、~が空いている、という表現。
困ったときに便利です。

   Is this seat free ? (この席は、空いていますか)

               Are there any seats available? (飛行機の空席ありますか)

by junji

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2006年10月 4日 (水)

テキーラの香り

アルザスから始ったこの旅も、今回で27回目の投稿記事となりました。まだ前半を読んでいない方はどうぞ。

Cook0003 さて、メキシコの旅第二弾はメキシコで頑張る日系人について少し。メキシコシティー郊外の日系人農家を訪問したことがあります。長野県出身の澤田氏は戦後移民の第一期生。孫を入れると総勢20人の大家族で菊を栽培している。さすがに日本人の仕事はきめ細かいのか、周囲の畑と比べるとその違いは一目瞭然。隅々まで手入れが行き届いている。
メキシコにおける菊の栽培は日系人が独占している。戦前、移民として入植、さまざまな困難を乗り越えて今日の地位を築いた日系人に敬意を表したい。昼食に鯛の刺身がでたのにはびっくり。メキシコ湾で獲れたものだが、味は日本製?鯛と変わらない。食材に国境はないといえる。世界各地で力強く生き抜く日系人をみるにつけ、日本の若者は現状に安住することなく、もっと前向きに海外で活躍してもらいたいと思わずにはいられない。

Img0022メキシコシティーから北東へ50kmにメキシコ観光のハイライトテオティワカン(神々の集う場所)がある。世界の三大建造物とされる遺跡。ここで最大の遺跡は「太陽のピラミッド」。高さ60m、クフ王のピラミッドの半分くらいであるが、重量感は群を抜く。エジプトのピラミッドは古墳であるが、こちらは神殿である。かつてこの頂上では凄惨な生贄の儀式がおこなわれていたという。展望は絶景だが、空気が薄いためか息切れがしてかなりしんどい。

エジプトのピラミッド、バベルの塔、ギリシャの神殿等々、人類は昔から膨大な時間と労力をつぎ込んで、権力の象徴として石を積み上げてきた。天(神)に近づくのは、強い宗教的な精神の高揚がその動機にあったにちがいない。それにしても、神の国といわれる日本でこんな遺跡がないのはどうしてだろう。木の文化では天まで届かないのか。

04012022 竜舌蘭を栽培している農家を訪問した。竜舌蘭とはメキシコを代表するお酒テキーラの原料となるサボテンの一種。テキーラのの語源はハリスコ州テキーラ村にあるらしい。この村でおきた山火事がきっかけでテキーラが生まれたという。山火事の跡から甘い香りが漂ってきた。農民が調べてみると竜舌蘭の株が焼け焦げて甘い香りを発していたのである。このサボテンの樹液を発酵蒸留したものがテキーラ。農場主に正統派テキーラの飲み方を教わった。左手の親指の付け根に塩をのっけて、右手で左腕リストをポンとたたくと、その拍子で口のなかに塩が入る。そこへテキーラを一気に流し込むのである。これがメキシコ流粋な飲み方。何人かが試みたが、うまく口のなかに入らない。見た目よりは難しい。近年では、原料の竜舌蘭不足でテキーラの国内価格が50%近く急騰しているらしい。訪問したあの農家も今頃は価格急騰でいい暮らしをしているだろう。

次回、へ続く!タコスが美味しいよ。

さて、今日の実践旅行英会話は、歯が痛いとき。これは切実な問題。せっかく海外へきたのに美味しいものが食べられない。私も、デンマーク、ハムレットのお城で経験したことがある。急に歯痛が痛くなってきたので、ホテルに帰るなり急いで歯医者へ飛び込んだのです。ここでしっかり治さないと、旅の後半、美味しいものがすべてパーになってしまう、という食いしん坊の気持ちからでした。

I have a toothache. (歯が痛みます)

       My tooth is loose. (歯がぐらぐらしている)

              My crown has come off. (歯冠がとれてしまった)

     I lost a filling. (歯の詰め物がとれました)

                  My tooth split. (歯が欠けました)

これだけ覚えておけば大丈夫でしょう。 歯は大事に!

by junji

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2006年10月 2日 (月)

皮の国

最近、何かとバタバタで更新できませんでした。すみません!
ブログで世界一周旅行、気球にのってガンガン続けます。

さて、ローマからいきなりメキシコへ飛びましょう!

「太陽の国」メキシコにはB級グルメがいっぱい。食卓をかざるトウモロコシは聖なる食材。先住民の神話では、人間は神々によってトウモロコシからつくられた、とされている。タコス好きにはたまらない国だ。スペインの野望に露と消えたアステカ文明の遺跡をご案内しましょう。

Map01s さすがに初めての地というのはベテラン添乗員でも緊張するものです。場所はメキシコシティーのベニート・ファレス国際空港での入国審査。当時(20年ほど前)お客様の先頭にたって入国審査を受けていたが、入国係官が太陽の国にしては愛想がわるいのです。ぶつぶつ言ってなかなかスタンプを押してくれない。どうもこの様子では賄賂を要求しているな、と直感的に思い、念のためにポケットに忍ばせていた20米ドル紙幣を書類の間にそっとはさんで差し出した(出発前の先輩のアドバイス)。するとどうであろう、あの苦虫顔が一変、太陽の女神にような笑顔ですんなりとスタンプをおしてくれたのです。えー!これが、この国の公務員?いきなり度肝をぬかれた到着初日であった。

Mex_01 外で待機していたバスはびっくりするほどの年代物。ヨーロッパやアメリカの上等なバスに乗りなれていた私にとっては、うあー!というほどのカルチャーショックであった。日本でいうと昭和30年代のバス、窓はすべて華やかなレースの編み物で飾られている。皮の匂いが鼻につく。ハンドルカバーからシートカバー、ガイドのショルダーバッグや服まですべて皮で統一されている。ガイドのバッグは相当使い込んだらしく、艶がでて黒光りしていた。この国は皮の国のようである。

Mexico053ca6 市内にはいるとバスの洪水。たぶん世界で一番バスの数が多いのではないか。いろいろなタイプのバスが排気ガスを撒き散らしながら走っている。メキシコシティーは海抜2200m、都市圏をあわせると東京の2倍で約2000万人が住む大都会。国民の60%は白人先住民族インディオの混血メスティソである。国民の80%がカトリック教徒という世界最大のカトリック国。だから、観光地も教会や宗教に関するところが多い。キリストとマリア像はそれこそ国中いたるところにある。宗教的な事柄は日常生活のすみずみまで浸透しているようだ。宗教心の薄い日本人にはちょっとたいくつな光景かもしれない。

次号へ続く!

さて、実践旅行英会話は、病気になったときの最終編。
自覚症状というのは日本語でも正確に言うのはむづかしいですね。
形容詞をしっかり覚えましょう。

I have a sharp pain in my stomach. (胃がキリキリ痛む)

         I have a bad cough. (咳がひどいのです)

                                   I have a high fever. (高熱があります)

                I feel terrible. (気分がひどく悪いです)

 by junji

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2006年9月29日 (金)

スローフードのすすめ

ローマの最終編です。

最近、「スローフード」という言葉を耳にしませんか?え!ゆっくり食べること?違います。
「ファーストフード」に対比する言葉でイタリアが発祥の地であります。

05110911thumb_1 スローフード協会ローマ支部を訪問したときの話を紹介します。この運動のきっかけは、1986年、イタリア北部ビエモンテ州のブラという町に、米国系ファーストフード1号店が開店したことにはじまる。食事に時間をたっぷりかけて、おしゃべりを楽しむイタリア人にとって、これはイタリアの食生活をかえてしまう一大事件であった。イタリア人にとって動物のように早く食べるのは生活習慣として受け入れがたいことのようである。NPO法人【スローフード協会」として発足したこの組織は、現在、世界40カ国、75,000人の会員を擁する。運動の趣旨は「その土地、土地の産物を大事にする」、「家庭料理、郷土料理、伝統料理を守っていく」の2点に集約されます。伝統的食生活は、その民族固有の証明であり、これを守ることは民族の「誇り」を守ることである。最近、日本でも唱えられている「地産地消」の理念に相通じるものがあります。

Restauranth03 さっそく、お昼は協会から推薦された市内のスローフードレストランでいただく。え!ここで食べるの?てな感じの外観で、最初はどんなものがでてくるのか不安でありましたVIPのお客様を連れていったら怒られそうなところだ。家族経営のようである。いかにもイタリアのマンマ(お母さん)という感じのおばちゃんが、娘と愛想よく迎えてくれた。笑顔はどこの国へいってもおいしいご馳走だ。娘さんが日本のグルメ雑誌をとりだし、「これ、うちの店よ!」と自慢げにみせてくれた。でてきたものは華美ではないが、地の素材をつかったおふくろの味である。マカロニ料理は絶品。有名レストランではけっして食べられない、家庭の味だ。

マカロニについて一言。15世紀の文人オルテンシオ・ランディの著書「食物のカタログ」には次のように書かれている。「豊かな南の島シチリアからはじまり,聖グリエルモのおかげで有名になったマカロニは、神の与え給うた最上の贈り物だ。にわとりの脂であえ、新鮮なチーズをつめ、肉桂を少しと砂糖をふりかけたこの料理は、思い出すだけでも食欲がわいてくる。これを食べるときには、胃袋がもっと大きかったらといつも思うのだ」・・・イタリア人の食への思い入れが伝わってきますね。

122921 史上初の超大国といわれたローマ帝国は、広大な領土を統治していくために「パンとサーカス」という手法をとった。パンは食べ物、サーカスは娯楽の意味である。帝国領内からはありとあらゆる食材が集まってきた。そのなかには、キャビア、トリフなどの珍味もあったという。食べることを文化のレベルまで引き上げたのはイタリア人の功績である。グルメの先人たちは偉大だ。イタリア人の人生哲学のなかに、「今日が楽しければいい」という観念がある。明日のことは考えない。私は世界中の暮らしをみてきたが、食に対するこだわりは、フランス人、中国人に勝るとも劣らないといえる。

一昔前の日本では、食事中に話すことは行儀が悪いとされてきた。食を楽しむという文化を持つことは、豊かな人生を送るのに必要なことではないだろうか。

スナック菓子、ファーストフード、インスタント食品のことを英語で「Junk Food」ジャンクフードといいます。ガラクタな食べ物、量が多くてがさつなもの、という意味です。日本の食文化をながめてみると、北海道から沖縄まで、安くて、味も画一的な食品が氾濫しています。簡単な料理法は便利で忙しい現代人にはますます人気が高まっているようです。しかし、一方では、人間最高の至福のときである「食べる」という行為を、簡素化した食文化に異論を唱える人が増えていることも事実です。凶悪な殺人事件が日常茶飯事となってしまった日本。それに慣れっこになってしまった自分に恐ろしさを感じる。殺人事件を犯す人はきっと温かいおふくろの料理を食べていない人だと思います。

あの美しい日本はいったいどこへいったのか?【家族団らん】という言葉が消えて久しい。食文化はその国の文化を映す鏡といわれる。ますますファーストフード化していく日本人の食生活。

イタリア人の食生活を体験してみて、日本人は何か大切なものを失っているような気がしてならない。 終わり

今日は、本文が長くなったために「旅のプロが教える実践旅行英会話」はお休みさせていただきます。あしからず!

by junji

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2006年9月27日 (水)

イタリア人のDNA

世界40都市訪問の旅はまだまだ続きます。ローマの続編。

ラテン気質丸出しのローマっ子は本当に楽しい人種だ。食べる、飲む、歌う、三拍子が揃っている。まるでちゃきちゃきの江戸っ子みたい。ローマには美男美女も多い。イタリア人の身体的な特徴は顔のほりが深く、みんなが芸術家のような顔をしている。さすがにあのレオナルドダヴィンチやミケランジェロを生んだ芸術大国だ。どこにカメラを向けても絵になる光景がいっぱい。機能的なドイツ製品に比べて、デザインが素晴らしいイタリア製品。
偉大な先輩たちのDNAは脈々と受けつがれているようだ。まさに「ローマは一日にして成らず」という格言どおり、良い品物は長い年月をかけて熟成、洗練されてくるのですね。

20050819_38281 ローマは地面を掘るとあちこちに遺跡がでてくる。だから新しい建物は建てられない。観光バスも場所によっては重量制限で進入禁止。ローマは遺跡の上に街ができているようだ。フォロロマーノ(古代ローマの中心地)にたつと、その壮大な神殿の廃墟にローマ帝国の繁栄ぶりがうかがえる。南は北アフリカ、西はイギリス、北はライン川、東はトルコまで
広大な帝国の領土を広げた。20世紀に入り、列強の拡大的植民地政策を「帝国主義」と呼ぶのはこれに由来するらしい。

Bachikanhiroba1 ローマ市内に独立国が存在するのは意外と知られていない。カトリックの総本山バチカン市国である。日本人にはバチカンがローマ市の一部だと思っている人が少なくない。1929年にイタリアから独立した世界最小の国である。サン・ピエトロ寺院の内部に入ると、その華麗な建築美と荘厳さにだれもがひれ伏してしまうほどである。宗教とは何ぞや、と考えさせられる。

この寺院を守るのはスイス人衛兵。山岳民族である彼らは、質実剛健、山で鍛えられた
屈強の身体は世界最強の傭兵として昔から国の守りに雇われている。彼らが着用している華やかな衣装はミケランジェロのデザインで財閥メディチ家の色である、青,黄、赤の三色をあしらっている。おそらくユニフォームとしては世界最高の出来栄えではなかろうか。

ローマ最終編へ続く。

さて、今日の実践旅行英会話は、病気になったときの第三弾!
気分がわるくなったときの表現です。

    I'm not feeling well . (身体の調子が悪いのです)

      I feel weak. (身体がだるいんです)

         I feel dizzy. (目まいがします)

       I suffer from anemia. 発音はアニーミア (貧血なんです)

身体の具合、感じかたを表現するときには Feel を使います。

 by junji

   

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2006年9月26日 (火)

ローマの亡霊

旅の途中で寄り道をしておりました。
さて、今日は花の都パリから永遠の都ローマへご案内します。まずは私のエッセイから冒頭の部分を紹介します。

Prm805 「コロッセオが滅びるときローマが滅び、ローマが滅びるとき世界が滅ぶ」ということわざがあります。世界を支配した古代ローマ帝国を詠った名言です。2000年という長い先行投資の末に出来上がったローマは、比類なき観光資源として現代によみがえったのです。

栄光の歴史をもつイタリアには2つの花があるといわれます。1つはルネッサンス、もう一つはローマ帝国である。そのローマ帝国を象徴する格言はたくさんある。‘Rome was not built in a day’ (ローマは一日にして成らず)、‘Do in Rome as Romans do’ (郷に入りては
郷に従え)、‘All roads lead to Rome’(すべての道はローマに通ず)、永遠の都ローマだけがもっている2千年の重みと風格である。

ローマの亡霊の話をしましょう。旅行業界では常識の話であるが、私も体験することになってしまった。20年ほど前のこと。場所はローマ市内から少し空港よりの4つ星クラスのホテル。(なぜかアメリカンスタイルの近代的なホテルには亡霊も寄り付かないらしい)
予算の安いツアーだったので私の部屋は日当たりの悪いところになってしまった。このホテルは、ガイド仲間でもよく「出るらしい」という噂がたっていた。何が?亡霊が!とガイドにも脅かされる始末。ローマのホテルは100年以上も前に建てられたものが多い。いつも思うことであるが、ホテルの部屋というのは多くの他人が泊まるところ。果たしてこの部屋にいままでに何百、何千人が泊まったのかを考えると、彼らの悲喜こもごも人生の一部が詰まっているような気がしてくるのです。

Roma5 幽霊がでる時刻は古今東西うしみつどき(午前2時ごろ)と相場は決まっているようです。
昼間のガイドの言ったことが気になってなかなか寝付かれないでいると、きました、きました、廊下のきしむ音が聞こえてくるのです。深夜、こんな時間に人の気配もない。なんとなく肌寒さを感じる。西洋の幽霊は日本のそれと違って情緒がない。柳の下にはでないのである。眠れない夜が続いた。

おかげで翌日の観光は寝不足でつらかった。あれは間違いなく誰かが歩いている足音であった。いまでもそう思っている。きっと、2千年前の昔、シーザー、ブルータス、アントニー、そして暴君ネロに殺された人々の霊が成仏できずにさまよっているのではないだろうか。コロッセオではいまでも夜中にライオンに殺された人々の叫び声が聞こえてくるという。この事件以来、ローマに泊まるときは部屋の明かりをつけたままにして寝ることにしている。

ローマのお楽しみ、次回に続く。

今日の実践旅行英会話は病気になったときの第二弾。海外旅行では、日本人医者がいる病院をみつけるのはまず無理と考えてください(ハワイは別ですが)。病気の症状などは、自信がなければ正確をきすために単語帳などを見せるのも一つの手です。(病名にはむづかしい名前と発音がありますので)

I have a runny nose.  (鼻水がでます)

                      I have a fever. (熱があります)

                                 I have a sore throat.(のどが痛い)

I have a stomachache. (胃痛がする)

                                              I have a headache. (頭痛がする)

                       I feel like throwing up. (吐き気がする)

これらは基本的な症状ですので覚えておいてください。

by junji

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2006年9月22日 (金)

フランス革命が残したものは?

前号はパリのガイド気質についてお話しました。その続きです。

1万1千年にわたる人類史の美術工芸品約30万点が展示されているルーブル美術館は、普通にみても1週間以上はかかると言われています。ここでは、「モナリザ」に使用した絵の具はどこで作られたの?という超専門的な質問まで的確に受け答えていました。彼の自信の源は、穴のあいたボロボロの靴だそうです。修行時代に毎日通ったルーブルは彼のガイド人生のそのものであるようだ。

みなさん、ルーブル美術館いかれたことありますか?通常のパック旅行では1時間から1時間半の時間をとります。30万点全部を見ることはできないので、日本人に人気のある三点セット、「モナリザ」、「ミロのビーナス」、そして「サモトラケのニケ」を足早にみて、いそいそと売店でお土産購入というパターンですね。私のツアーの最高記録はなんと20分。一体、何しにきたの?といいたい。ガイドさんに申し訳ない気がした。

Paris06 11月、パリの路上に枯葉が舞い上がるころ、市内のレストランには北海でとれた生牡蠣が出回る。これにレモンをかけてケチャップソースで食べるのだが、私はどうしてもポン酢のほうが美味そうな気がする。パリの秋の風物詩だ。日本でいえば、スーパーに秋刀魚が出回るような感じですね。

フランス料理は、中華料理、トルコ料理とならんで世界の三大料理といわれています。(いったいだれがそんなこと決めたんだ、とイタリア人に怒られそう)そのルーツは宮廷料理にさかのぼる。1979年のフランス革命後、失業した宮廷料理人たちが自分たちの料理のノウハウを外で開花させていき、それが急速に庶民の間に広まっていった。いわゆる「美食家」「グルメ」といわれる人たちもこの頃に登場する。パンくれ!、からはじまったフランス革命、食を軽んじるものは食に滅びる、ということを歴史に学ぶべきだ。

フランス革命は中世から近代社会への扉を開いてくれた。ナポレオンはその扉をいったん閉めるかのような社会をつくったが、ポリス(都市国家)から「国民国家」という概念をつくりあげ、後のヨーロッパに革命思想をうえつけたことで、革命の申し子であるといえよう。

私は、旅行説明会で、ヨーロッパに行くときは、ナポレオンの本を読むようにすすめている。なぜかというと、ヨーロッパを席巻したナポレオン帝国の軌跡をたどることは、当時のヨーロッパ事情を一目でわかりやすくしてくれるからです。どこの国へいってもナポレオンの話がでてくるんですね。

Shounenakib 都市の概念を「領土」とよぶ人もいる。都市は生き物のように成長を続ける。戦後、日本は都市を大きくするためにインフラ整備や経済成長に力を入れ、古いものを壊し、単一機能の無機質で感情のない街をきづいてきた。そこに、景観、美観といった概念は全く存在していなかった。昨今、「都市景観法」というものをつくり、やっとヨーロッパ都市を模範とした街づくりが始ったようである。旅行会社のパンフレットには「花の都パリ」という歌い文句が多い。でも、私は形容詞がつくほどパリの花が多いとは思わない。むしろジュネーブのほうが花の多い感じがするが、「花の都ジュネーブ」とはいわない。花は花でも、華やかな華ではないだろうか。

「美しいまちづくり」はパリに学ぶべし!

さて、今日の実践旅行英会話は,病気になったとき。
異国の地で病気になったら心配で心細いですね。症状を正確にいうことが大事です。

I'd like to see a doctor. (医者にみてもらいたいのですが)

Are there any Japanese-speaking doctors ? (日本語を話せる医者はいますか)

I've caught a bad cold. (ひどい風邪にかかりました)

by junji

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2006年9月20日 (水)

パリを救った男

華やかな地上の世界とは対照的に、パリの地下鉄には2100kmにわたり下水道が無人に走っていることはあまり知られていないようだ。
19世紀の文豪ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」ではパリの下水道の様子が詳しく描かれている。1853年、セーヌ県知事
オスマンのパリ大改造計画によってスタートした地下整備は、下水道やガスの配管などが複雑に入り組み、しばしば無数に穴のあいたチーズみたいにたとえられる。ゴミが下水道の穴に詰まらない様に市民が毎朝清掃をする。パリの朝の風景。主人公ジャン・ヴァルジャンになったつもりでパリの散歩をするのも一風変わっていいですね。

Image060 この美しい街を守った男がいた。第二次大戦末期、ドイツ占領下のパリはノルマンディーに上陸した連合軍が迫り、緊迫した局面にあった。そんなとき、ベルリンのヒットラーよりパリ爆破の命令がパリ地区占領軍司令官コレテッツに下った。しかし、彼はこんな美しい街を破壊してしまうのは神への冒涜である、といって命令を無視してレジスタンスに降伏してしまったのです。このことは、レネ・クレマン監督の映画「パリは燃えているか」に詳しい。電話から響くヒットラーの「パリは燃えているか?パリは燃えているか?」というヒステリックな叫び声はいまでも忘れない。おかげで、この美しい街は戦火をのがれ、人類の宝物として後世に残されたのであります。戦後、この司令官はパリを破壊から守った立役者として、7月14日フランスの独立記念日の式典に招待されている。敵であった人物を国家の式典に招待するとは、なんと懐の深い国民であろうか。

Ndames パリのガイド気質についての話である。
一般的になぜかプライドが高く気取っている。以前、パリ郊外へ視察に行ったときの話し。
通訳できたのは40過ぎの一見気むづかしそうな女性であった。現地へ着くまで1時間ほどの距離である。途中、お城らしきものが見えてきたが、彼女は運転手と雑談にふけっていていっこうに案内しようとしない。そのうちにお客様から文句がでてきたので注意すると、「私は通訳できました。現地に着いたら一生懸命仕事しますから」といって再び雑談にふけっていた。何だ、この通訳の態度は!二度と使ってやるか」と怒り心頭にきてしまった。「気が利く」というのは日本民族の特性なのに、大和撫子も西洋気質に感化されてしまったのか。

お笑いタレントみたいなガイドもたまにいる。ナポレオンの別邸があるパリ郊外のフォンテーヌブローの説明をしているときのお話。年配のおばあちゃんから、「ガイドさん!その露天風呂(ロテンブロー)はどこにあるの?」と質問、バスの中は爆笑の渦であった。はは。

いづれにせよ、パリのガイドはレベルが高い。美術館の多いパリでは芸術文化に対する造詣が深くないとガイドは務まらないのです。日本で美術を専攻していた学生がパリへ勉強にきてそのまま居ついてしまうケースも多い。私の知っているガイドは、デビューするまでの2年間、週3日のペースでルーブル美術館に通い勉強したそうです。靴も何足か履きつぶしたらしく、案内した数は2千人以上、まさに隠れた民間外交間ですね。

次号へ続く。

●映画好きの方、次回のパリ旅行にはこれを忘れずに!

さて、本日の実践旅行英会話は、電話の表現です。パック旅行ではほとんど必要ないですが、個人旅行では、とくにホテルのなかで使いますね。

This is ○○speaking.  (私は○○と言います)

I'd like to speak to Mr.○○.  (○○さんとお話したいのですが)

Extension 123, please.  (内線123番をお願いします)

I'm at the ○○Hotel.  (私は○○ホテルにいます)

確かに始めての海外旅行で、電話は緊張しますね。昔、起床電話がかかってくるといって
一時間も前から起きて電話がくるのを待っていたお客様もいらっしゃいました。笑い。

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2006年9月19日 (火)

世界一美しい街

ニューヨークから大西洋をひとっとび、花の都パリへ到着です。

第二次世界大戦末期、ナチスドイツ占領下のパリを破壊から救ったドイツ占領司令官がいたことをご存知ですか?彼はヒットラーのパリ爆破指令を拒否したのです。そのあまりの美しさゆえにパリは救われたのです。シャンゼリゼにマロニエの枯葉が落ちるころ、カキの美味しい季節がやってきます。

1m_1 あーあ、パリはムードがあっていいですね。私はこの記事のタイトルに「世界一美しい街」となづけました。パリは私が仕事で一番多く訪れた街です。この街は本当に美しいです。
街全体が落ち着いた静かな灰色の世界に覆われている。この街に雑音とケバケバしさは似合わない。裏町の画家としてパリの下町を愛したユトリロが、生涯描き続けたのは裏通りに漂うぼんやりとした冬の風の雲のような情景である。パリの家々を飾る白壁は石灰や砂をこねてつくる漆喰でできている。これが街の肌触りになり、風雨に晒され、使い込まれた漆の器のような味わいになる。パリはそんな街です。

電線や電柱がむきだしになっている東京とパリを比べるのは酷かもしれないが、安らぎのない大都会に美観を求めるのは無理であろうか。
世界の街をおとずれた私の都市美観の基準は広告塔です。これを見ればその国の美的センスが一目瞭然。そういう意味では、パリの広告塔は芸術品の域にあります。色から形、配置場所、サイズ、芸術性、等々、周囲の風景と見事なまでに一体化している。

一例がある。パリの中心地シャンゼリゼ通りには世界の企業が事務所をかまえている。
日本航空のパリ支店もここにあるが、JALのシンボルマークである赤色の鶴のマークが
灰色になっていたのです。これは都市景観保護法できびしく規制されているためだそうです。この国では広告塔一つとっても、都市景観にたいする細やかな配慮がうかがえます。

日本でも最近この法律が話題になっているようですが、どこかの市町村のように、世界的な景観を観覧車で台無しにしてしまうという、日本人的景観美を改めないとだめですね。フランスでは、遠方の対象物の景観を保護するための視界を確保するために、法律があるんですね。すごいですね。日本では、芸術性よりも経済性と効率性が優先するようです。

T235142a_1 どの季節もパリは美しく、そして深い。私は秋が好きです。マロニエとプラタナスの枯葉が道路に舞い上がるころ、教会、美術館、セーヌ河畔を歩き,カフェに座り食事を重ねてこの街の歴史、文化、芸術の厚みにふれていくと、やがてはだれしもこの世界一美しい街に魅了されていく。
歴史的建築物がライトアップされるパリの夜は美しい。特にセーヌ河畔からみるエッフェル塔、そしてコンコルド広場からみるシャンゼリゼ通りと凱旋門の美しさは想像に尽くしがたい。

パリは二人で訪れるにふさわしい街です。

次回をお楽しみに!

●パリのおすすめ映画はこれこれです。

書籍のほうは上下二巻、第二次大戦の劇的なパリ開放の真実がわかります。
緊迫感あふれる最高のドキュメントですね。これを読んでからパリへ行くと、また感慨もひとしをという感じです。映画もありますが、本のほうがリアリティがあっていいですね。
ぜひぜひ読んでみてください。

さて、今日の実践旅行英会話は、「断り方」のフレーズです。
農耕型日本人のいいところは、相手の気持ちを考えてNoをはっきりいわないことですが、裏をかえせば、相手にとっては、何をしてほしいのか、どうしてほしいのか、分からなくなってしまいトラブルのもとになってしまいます。
海外では、自分の考えをはっきりと伝えるということが大事ですね。

断り方の枕詞は: I'm afraid~、 I'm sorry~、Unfortunately, などが一般的です。

I'm afraid I can't talk about that.  It's personal. (悪いけど、個人的なことなので話せません)

I'm sorry. I'm in a hurry. (悪いけど、急いでますので)

Unfortunately, I don't think I can make it. (残念ながら、行けないと思います)

さあ、遠慮しないではっきり自分の気持ちを伝えてください。楽しい旅をするためにも。

by junji

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2006年9月17日 (日)

ニューヨークの空飛ぶビジネスマン

ただいま九州方面は台風が接近して風がだいぶ強くなってきました。午後から暴風域に入りそうです。番犬ジロも家の中にいれなくちゃ!

さて、ブログで世界一周、ニューヨークも最終編です。

Image091 オランダ人入植地の防衛のために築いた防壁(ウォール)の跡地は、現在、ウォール街とよばれ世界金融の中心地となっています。高級車が似合うこの地区ではごく限られたエリート特権階級が依然として存在します。郊外の高級住宅に住み、ヘリコプターで通勤なんて人もいるようです。ビル上層階の専用レストランで食事と商談、まさに「殿上人」と呼ばれる人たちのビジネスライフは空高く隔離されているようです。コリント式の列柱で有名なニューヨーク証券取引所(NYSE)の前にたつと、世界を動かす巨大な資本主義の怪物が
野望と権力のなかでうずまいているような気がします。

わずか100年のあいだに世界経済の頂点に上り詰めたニューヨークでは、桁外れの大富豪たちが活躍した。石油王ロックフェラー、鉄鋼王カーネギー、金融王モルガン、自動車王フォード、それぞれがアメリカンドリームの先駆者たちである。アメリカでは誰にでも平等に成功へのチャンスを与えてくれる。しかし、同時に転落への門も開いているのです。

トリニティー教会(三位一体)はウォール街の近くにある。その外観は産業革命当時のロンドンの煙突みたいに黒ずんでいる。マンハッタン初期の象徴のような建物であるが、いまはビルの谷間に埋没しているので訪れる観光客も少ない。女優マリリンモンローが挙式をあげた教会だと記憶している。

060131f ブルックリン橋の対岸、ブルックリン地区は「旧約聖書」時代の教義を厳格に守っている正統派ユダヤ教徒の多い地区です。彼らは一目でわかるような独特な格好をしている。
うまく説明できないが、黒いつば広の帽子に黒いコート、黒いあごひげをはやした人たちです。3500年ほど前、ユダヤの民は民族ごとエジプトで奴隷にされた。紀元前1千年ごろには、エルサレムを首都にして大帝国をつくったこともあったが、紀元前586年に国が滅んで以来、流浪の民となって世界へちらばった。その種子がニューヨークで花開き、富と資本という形で見事に結実したのです。現在、アメリカには600万人以上のユダヤ人が住んでいるといわれるが、そのうち300万人がニューヨークに住んでいる。また、全米の医者の約70㌫がユダヤ人といわれる。優秀ですね。アメリカの政治経済を支配するのはユダヤ人といわれる。2000年の放浪の末に得た安住の地がアメリカだったようです。

Ny89 ニューヨークは人種のるつぼ(Melting Pot)といわれる。アラブ街から中国街まで多種多様の人種文化が花いっぱい。アイルランドはもともと農業国で食文化が発達しているとは言いがたい。料理よりもパブ文化、そしてアイルランド土俗の子供祭り「ハロウイーン」をアメリカに持ち込んだ。イタリアはピザ文化に貢献、おかげでニュートークの食文化も、色、味、香りの三拍子がそろった。しかし、ニューヨークの食文化に最大の貢献をしたのは「ボルシチベルト」とよばれる東欧、ロシアからの移民である。日本でもおなじみの、ロールキャベツ、ボルシチ、ベーグル、ピロシキ、などはポーランド人、ウクライナ人、ユダヤ人などがもたらしたものです。

近年はイエメン、エジプトからの移民も増えて、ニューヨークの食文化もよりカラフルに、よりスパイシーになってきている。美味しいものに国境はない。挑戦するものにはあらゆる可能性がある。ニューヨークはそんな希望を与えてくれる「夢工場」だ。

●ニューヨークのことをもっと知りたければ、これ と これ をどうぞ。私の下手な説明よりずーといいです。なんたって、ニューヨク観光がこれでいっぱつOK。

三回にわたってニューヨークをご案内しました。まだまだ、語りつくせないことがい^ぱい
あります。でも、ここで時間をとると、次の訪問国へいけないのでこのあたりでやめます。

さて、今日の実践旅行英会話は、美容院第二弾、個人旅行でロングステイする人は、当然髪も長くなりますから、便利な表現を教えます。

Could you style my hair just like this picture ? (ヘアスタイルはこの写真みたいにしていただけますか)

どうですか、好みの写真さえあればそれを見せるだけです。私も、その昔、アメリカ留学中に散髪屋へ行くのが苦手でした。耳の上に少しかかる程度、とかなんとか、ヘアスタイルの場合は微妙な表現が多いです。居酒屋さんの注文みたいに、適当にみつくろって、というわけにはいきませんね!はは。

ところで、最近、ロハス(健康と環境に配慮した新しいライフスタイル)のブログをたちあげましたので、興味あるかたはこちらへどうぞ。あなたもロハスな人、ロハスな生活をはじめませんか。

by  junji

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